脳動脈瘤
1. 脳動脈瘤とは
脳動脈瘤とは脳血管の主に血管分岐部などにできた"コブ"のことで、まだ破裂していないものを未破裂脳動脈瘤といい、破裂した場合はくも膜下出血を発症します。未破裂脳動脈瘤はほとんどの場合、無症状で脳ドックや頭痛・めまいの検査でMRAもしくはMRIを行った時に見つかります。中には眼の症状で発見される場合もあります。
この動脈瘤は一般成人の2-6%にあると言われており、基本的には後天的にできたと考えられています。脳動脈瘤は破裂しなければ何も問題ありませんが、破裂するとくも膜下出血(SAH: subarachnoid hemorrhage) になります。どの脳動脈瘤が破裂するのか、しないのかは今の医学ではわかっていません。
現在、未破裂脳動脈瘤の治療は疫学調査等の結果からつくられたガイドラインに基づいて、生涯の破裂率が高いと予測される場合に破裂を予防する治療が勧められているのが現状です。
2. 当院での未破裂脳動脈瘤の治療適応と治療成績
本邦では5mmを超えると年間約1%の破裂率があると言われており、さらにサイズが大きかったり、発生部位や形によってさらに破裂率は上がると考えられています。当院では脳卒中治療ガイドライン2021に基づいて、治療適応を決定しています。
3. 脳卒中治療ガイドライン2021と治療適応について
未破裂脳動脈瘤が発見された患者さんの年齢・健康状態などの患者の背景因子と施設の治療成績を勘案して、治療の適応を検討することが推奨される。
動脈瘤の治療適応の条件は、大きさ5~7mm以上の未破裂脳動脈瘤や5mm未満であっても、破裂の危険性が高いと推測される動脈瘤(症候性のもの、前交通動脈、内頸動脈―後交通動脈分岐部の動脈瘤、不整形、ブレブの存在、拡大傾向にあるなど)が予防治療の適応とされています。
当院の未破裂脳動脈瘤の治療に対する考え方は
- 治療適応がある症例に対して治療を行う
- (ほとんどの症例は術前無症状であり)治療を行っても、治療前と同様の日常生活、社会生活を送れるようにする
- 破裂してくも膜下出血になるかもしれないという心配を取り除く
の3点であり、各症例とも術前にしっかりと検査を行いカンファレンスで治療方針を検討し、それぞれの患者様とよくご相談した上で治療方針を決定しています。
この10年間では大きさが10mm以下の動脈瘤のクリッピングおよびコイル塞栓術を受けたことによる死亡率は共に0%、自宅での生活が困難になったり、介護が必要になった合併症率も共に0.5%となっています。 大きさが10mmより大きい動脈瘤の治療では(最大で40mm)、死亡率は0%、 自宅での生活が困難になったり、介護が必要になった合併症率は約15%となっています。
4. 脳動脈瘤の治療方法
脳動脈瘤の治療には大きく分けてカテーテル治療のコイル塞栓術と開頭手術であるクリッピングがあります。当院ではどちらの方法でも治療ができ、術前の検査結果から、より安全に治療できる方法での治療をお勧めしています。
1. カテーテル治療(脳動脈瘤コイル塞栓術)
この数年、当院で治療した未破裂動脈瘤の患者様のうち約75%はコイル塞栓術で治療を行いました。カテーテル治療の占める割合は年々高くなっています。これは治療を受けられる患者さんのニーズがやはり開頭手術よりカテーテル治療を望まれていることと、カテーテル治療に用いられる道具および材料(デバイス)の進化により、今まで開頭手術で対応していた動脈瘤をカテーテル治療で行えるようになってきているためです。令和4年度に最新式の血管撮影装置を導入し、より鮮明な画像かつ高度な機能を備えたワークステーションにより、さらに安全な治療ができるようになっています。
具体的な方法は血管の中にカテーテルを通して動脈瘤内部に到達させ、瘤内にプラチナ製のコイルを詰めて内部に血流が入らないようにする方法です。動脈瘤の形状に応じてバルーンカテーテル(図1)やステント(図2)を併用してより複雑な動脈瘤にも対応することが可能になりました。
バルーンカテーテルを膨らませてコイルを動脈瘤内に留置し分岐血管も温存している
ステントを留置して母血管を温存しコイルを留置している
(図2)
コイル塞栓術の利点
- 大腿部の穿刺のみ(数mmの皮膚切開)で治療が可能であり、開頭の必要がなく低侵襲である。(約1週間の入院期間で退院できます。)
- 脳に全く触れることなく治療が可能である。
- 脳の深部でも大きな技術困難はない。
コイル塞栓術の欠点
- 放射線被ばくと造影剤の使用が不可欠です。
- 血栓、塞栓性合併症を来す可能性があるため、周術期には内服治療が必要になる。
2. 開頭手術(脳動脈瘤頚部クリッピング)
基本的には毛髪が生えている部分の皮膚を切開し、ドリルを使用して頭の骨を開けます。手術の時には指1本分の太さしか髪の毛はそりません。外視鏡や顕微鏡を使用して脳の溝やすきまを広げて(よってほとんど脳を傷つけずに)動脈瘤に到達し、周囲の血管や脳から剥離して動脈瘤の内部に血流が入らないようにクリップを掛けます。蛍光血管撮影の導入と術中の神経生理モニタリングにより手術の安全性、確実性が増しています。
開頭手術の利点
- 歴史がある治療法で長期成績にも問題がないことがわかっている。
- 複雑な形態をした動脈瘤でも対応が可能である。
- クリッピングを行うことで分枝血管の血流が悪くなる場合は、バイパスを追加することが可能である。
開頭手術の欠点
- 脳の深部にある動脈瘤は到達するのが困難な場合がある。
- 開頭をする必要があり、血管内治療と比べれば侵襲度は高い。(しかし当院ではわずかな部分剃毛で手術を行っており、早期に社会復帰が可能です。入院期間は手術後約10日間です。)
- 術後しばらくは創部の痛みを自覚するが、内服薬で我慢できないほどの痛みではない。
脳動脈瘤の治療件数
Coil塞栓術 | Clipping | 計 | |
---|---|---|---|
2017年 | 33 | 17 | 50 |
2018年 | 44 | 19 | 63 |
2019年 | 42 | 16 | 58 |
2020年 | 34 | 14 | 48 |
2021年 | 42 | 16 | 60 |
5. 治療困難な脳動脈瘤の治療
未破裂脳動脈瘤の中でも巨大動脈瘤や血栓化動脈瘤はクリッピングやコイル塞栓術単独では治療することができない場合があります。大型の動脈瘤であればあるほど破裂率は高くなることがわかっていますが、施設によっては治療の危険性も高いと判断してそのような動脈瘤の治療方針を経過観察とする場合もあります。
当院ではこのようなクリッピング単独もしくはコイル塞栓術単独で治療が困難な動脈瘤に対しても、それぞれの動脈瘤に合わせた治療方針を検討し、最善の治療法で治療を行っています。このような動脈瘤に対してはバイパス手術を併用したり、ハイブリッド手術室(図4)で開頭手術と血管内治療を併用して治療を行うことで、良好な治療成績をおさめています。
動脈瘤が大きいと従来の治療法では治療が困難な場合があり,当院では開頭手術とカテーテル治療を併用して手術を行う症例があります。ハイブリッド手術室で行われた実際の手術を解説します。
巨大な前交通動脈瘤は目が見えにくくなる症状を呈する場合があります。
4cm大の非常に大きな前交通動脈瘤に対してバイパス術とコイル塞栓術を併用して手術を行いました(図5)。術後に動脈瘤は小さくなり、目の見えにくさも劇的に改善しました(図6)。