脳腫瘍

対象とする疾患

脳腫瘍

  • 神経膠腫(グリオーマ:星細胞腫、乏突起膠腫、上衣腫、膠芽腫など)
  • 髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫(聴神経鞘腫、三叉神経鞘腫など)
  • 胚細胞腫瘍(胚腫、奇形腫など)、頭蓋咽頭腫、血管芽腫、悪性リンパ腫
  • 髄芽腫、頭蓋咽頭腫、上衣腫、松果体実質腫瘍(松果体細胞腫、松果体芽腫など)
  • 転移性脳腫瘍など

その他

  • 三叉神経痛、片側顔面けいれん
  • 脳内出血、海綿状血管腫、脳膿瘍、ラトケ囊胞、くも膜嚢胞、水頭症 など

対象となる手術

開頭腫瘍摘出術

従来、頭蓋内の腫瘍性病変の多くは、手術の操作性のために病変よりも広範囲の開頭(頭蓋骨の一部を外す)を行う必要があるとされてきました。私たちは、後述するような内視鏡や外視鏡を駆使して、3Dシミュレーション画像などを含めた術前の検討を行うことで、必要以上の開頭を行わずに、できるだけ小さい開頭で手術を行うことを心がけています。傷が小さいことは、美容面での患者さんの満足度のみならず、術後に補助療法(化学療法や放射線治療)が必要となる患者さんにとっても、術後の回復が早まることで速やかに次の治療に移行できるというメリットがあります。いまのところすべての手術を小開頭で、というわけにはいきませんが、脳の奥の方に病変があって、正常脳を牽引して病変に到達する必要のある手術(頭蓋底、小脳橋角部、松果体部、大脳鎌などの病変)では、良い適応と考えています。適応を拡大すべく、日々研鑽しています。

覚醒下手術

言語機能や運動機能をつかさどる部分に近接して脳腫瘍が存在する場合、摘出術による神経学的後遺症(失語、運動麻痺など)が懸念されます。この手術法は、全身麻酔下で開頭を行って脳組織を露出したあと、麻酔を切って患者さんに覚醒してもらい、会話や手足の動きができる状態で手術を行います。電気刺激で脳の機能局在(言語野、運動野)を確認し、リアルタイムのモニタリングをすることで術後の後遺症を低減しつつ病変の最大限の切除を図ります。

高度な麻酔管理、覚醒中のモニタリングのために、麻酔科、看護師、リハビリテーション部、臨床工学士など、様々な職種の連携協力が必要な手術法です。

私たちの施設は、日本awake surgery学会の認定施設(全国45施設)の一つです。

経鼻内視鏡下手術

頭蓋底の中央部のトルコ鞍と呼ばれる部分へは、古くから顕微鏡を用いて、歯肉の切開から鼻腔を経由した術式が適応されて来ましたが、その後、内視鏡を用いた、鼻腔内の小さな傷のみからの低侵襲で、またその深部で広く明るい視野による安全な術式が主流となっています。当施設でも、日本神経内視鏡学会による技術認定医が現在4名在籍し、全国的にも早い時期から(2002年~)この術式に内視鏡を導入していて、現在では、下垂体腺腫やラトケのう胞に対する基本的な術式(movie9:非機能性下垂体腺腫、movie10:機能性下垂体腺腫、腫瘍被膜を含めた完全な摘出必要になります)から、最近では前方や後方に適応を拡大して、頭蓋咽頭腫(movie11)、髄膜腫(鞍結節部(movie12)、嗅窩部、斜台部、大孔部など)、や嗅神経芽細胞腫(movie13)などにも適応して積極的に行っています。この術式は鼻腔・副鼻腔を介する手術であるため、術前の検討や術後の処置も含めて、耳鼻いんこう科と合同で行い、頭蓋内臓器のみでなく、鼻腔・副鼻腔への低侵襲性にも心がけています。また、当施設では、小児の症例でもこの術式を積極的に用いており(movie14)、これまでの最年少例は生後12ヶ月です。さらに、経鼻からのアプローチ(内視鏡)だけでは治療困難な、例えば頭蓋底に広く浸潤しているような病変に対しては、必要に応じて同時に頭蓋側から(顕微鏡、外視鏡、または内視鏡)もアプローチして手術を行うこともあります。

内視鏡下シリンダー手術(摘出術、生検術)

深部局在(脳の表面に露出していない)病変に対し、脳の表面から6-10mm径のシリンダー(筒状のチューブ)を挿入して病変に直達し、内視鏡で観察しながら行う手術法です。出血量の多い脳内出血の一部では一般化しつつある手技です。2㎝径くらいの小さな開頭(穿頭)で行うため、術後の傷跡は最小限といえます。当施設では、一部のグリオーマ(movie15)や転移性脳腫瘍(movie16、17)、脳室内腫瘍、海綿状血管腫(movie18)などの摘出術を、この手術法で行っています。

また、摘出を目的としない手術(悪性リンパ腫、診断不明の腫瘍性、炎症性あるいは変性疾患など)の生検術でも、病変部を直接観察して行えるこの手術法は、安全であることが示されています。

定位脳生検術

シリンダー挿入による合併症が危惧されるような深部領域(大脳基底核、視床、脳幹部など)や、目的とする病変が小さい場合には、この手術法を行います。術前の画像検査を基に行うナビゲーションガイド下脳生検と、手術開始後、頭にフレームを装着した状態でMRI検査を行い、病変の位置の正確な座標を決めて行うMRIガイド下脳生検があります。特にMRIガイド下脳生検は、ミリ単位の精度で行えるという利点があります。

第3脳室底開窓術

先天的、あるいは後天的(腫瘍性病変や炎症後など)な要因で、水頭症(脳脊髄液が貯留する脳室が拡大して頭痛、嘔気をはじめとする頭蓋内圧亢進症状をきたす)となる場合があります。髄液交通路の遮断が原因(非交通性水頭症)とされ、このような場合、第3脳室底という部分に小さな窓をあけると、新たな交通路となり、水頭症が解除される場合が多いです。

軟性鏡(胃カメラのようなもの)という内視鏡を用いて、観察下にバルーンカテーテルなどを用いて第3脳室底に穴(窓)を開けます。腫瘍性病変が原因となる場合には、同時に生検術を行うことも可能です。(movie19)

微小血管減圧術

三叉神経痛、片側顔面痙攣は、脳内の血管が神経を圧迫していることが原因となっている場合が多くあります。このような場合、血管を神経から離す、あるいは直接触れていない状態にすることで、症状の改善が得られる場合がほとんどです。

この手術は耳の後ろに2-3㎝の開頭を行い、手術用顕微鏡を用いて行うのが一般的ですが、狭い隙間(小脳橋角部)の奥をのぞき込む必要があり、視野を得るのは容易とは言えません。当施設では内視鏡を導入し、顕微鏡では得難い深部の明るい視野のもとで、手術操作を行っています(図:内視鏡手術と顕微鏡手術の比較)。現在は手術の全行程を内視鏡下に行うことで、開頭範囲を2㎝までに収めることが可能となっています。(三叉神経痛(movie20))

図:内視鏡手術と顕微鏡手術の比較

movie20:Endoscopic MVD for trigeminal neuralgia

わたしたちの取り組み

「鏡視下手術」~低侵襲手術を目指して~

外科分野においては、映像技術の進歩とともに、内視鏡下手術という手術手技が発展し、いわゆるロボット手術とも相まって、低侵襲治療(体への負担が少ない治療)の代名詞として現在進行形で技術発展しています。その影響を受けるように脳神経外科領域でも、この10数年の間に、神経内視鏡手術という技術が発展し、特に下垂体部領域における経鼻内視鏡下手術は、脳外科領域の低侵襲手術の代表の一つとして、ほぼ一般化しています。

内視鏡(endoscope)を用いることで、開口部を顕著に狭く低侵襲に遂行でき、それにも関わらず、深部で明るく拡大された鮮明な視野が得られ、繊細な操作が可能となり、死角も減らすことができ、これによって手術の安全性や成績(例えば摘出率)も向上させられると考えられます。一方で、狭い経路を介した手術となるため、操作性は低くなり、また、同じ名称の術式であっても従来の顕微鏡での術式とは、似て非なる物となるため、安全に遂行するためには、ある程度の熟練が必要となります。

神経内視鏡手術が発展する一方で、従来の開頭手術で用いられてきた手術用顕微鏡に代わる形で、外視鏡(exoscope)という医療機器も近年登場しました。外視鏡では高精細(4K3D)カメラで術野をモニターに映し出し、内視鏡下手術と同様にモニターを見ながら手術を行います。最新の4K3D技術による拡大立体映像によって、際だった臨場感や没入感が得られ(内視鏡にはまだ導入されておらず、このような圧倒的とも言える映像は内視鏡では得られません)、顕微鏡のように接眼レンズを覗きこむ必要はなく、術者の姿勢が制限されないため、術者の疲労軽減、ひいては長時間に及びがちな手術の安全性にも繋がると考えられます。しかしながら、この外視鏡も顕微鏡同様外側からの視野であるため、深部の死角は解消されないため、使用時にはしばしば内視鏡との併用が必要となります。いずれにしても、これの有効な利用にもやはりある程度の熟練が必要です。

これらの内視鏡や外視鏡を用いた、いわゆる鏡視下手術は、脳神経外科領域では比較的新しい概念でもあり、従来行われて来た顕微鏡手術とは似て非なる物で、その利用にはある程度の訓練(習熟)が必要で、その導入に二の足を踏んでいる脳外科医が少なからずいるのが現状です。一方で当施設では、医局の一部に、内視鏡及び外視鏡装置の実機(共にOlympus社製)を設置したシミュレーションルームを設けており、鏡視下での手術手技のトレーニングや、新規の術式の開発などを、制限なくいつでも行うことができる、術者にとって理想的な環境を整えています。

施設では、このような環境であることもあり、早くからほぼすべての脳腫瘍の手術に対する、内視鏡および外視鏡の導入の可能性を研究し、術式の開発に取り組んで来ており、現在では、一部の表面に広く浸潤した腫瘍(このような症例には外視鏡を用います)を除く、ほぼすべての脳腫瘍の手術を内視鏡を用いた術式を行っています。頭蓋底正中部の病変に対してはもちろん(経鼻内視鏡手術の項目を参照してください)、髄膜腫も(円蓋部や傍矢状同部など表面に発生したもの以外)、神経鞘腫も(聴神経鞘腫、三神経鞘腫、舌因神経鞘腫など)、また一般に内視鏡の導入は困難とされる神経膠腫(グリオーマ:星細胞腫、乏突起膠腫、上衣腫、膠芽腫など。シリンダー手術の項目を参照してください)であっても、内視鏡を用いて低侵襲に手術を行っています。

特に、松果体部腫瘍(胚腫や奇形腫などの胚細胞腫瘍、松果体細胞腫など)に対する後頭部経天蓋到達法における内視鏡の導入では、cadaver dissectionでの研究を重ね(movie22)、2016年に世界に先駆けて臨床応用を行い、現在も症例を重ねています(movie23)。このように内視鏡手術は、低侵襲に行えるため、高齢者(movie24)や小児の患者さんにも遂行し易いと言えます。